Writing Column [Column] もはやアプリを作って売る時代ではない

概要

非開発者が自分だけのサービスを作れる時代。既存ソフトウェア企業のクライアントサービスはどう変わるのか。私が見据える未来を敢えて予測してみる。

今回は企業の話だ

前回の[Column] 「開発者がいないから無理」はもう通用しないで私は開発者個人の危機について語った。エージェンティックコーディングアシスタントがコードを書くという行為を大衆化させ開発者の希少性が消滅しつつあるという話。

しかし記事を書いてから一ヶ月以上このテーマを反芻するうちに見落としていたことがあった。開発者一人一人の危機にばかり焦点を当てていてもっと大きな絵を見失っていた。開発者個人の危機の裏にはもっと大きな地殻変動が隠れていた。開発者が揺らぐならその開発者を雇ってサービスを作っていた企業はどうなるのか。コードを書ける人が全員になった世界でアプリやWebサービスを作って売るソフトウェア企業の存在意義は何なのか。

今回の記事はその話だ。開発者の時代が変わったなら企業の時代も変わる。そしてその変化の方向は多くの人がまだ真剣に考えていない場所に向かっている。

今起きていること

まず現状から押さえよう。

前回の記事でバイブコーディング(Vibe Coding)という現象に触れた。コードを直接書かずAIに自然言語で望むものを説明すればソフトウェアが出来上がる方式。これがわずか数ヶ月の間に爆発的に広がっている。

マーケターが週末にチームのリード管理ツールを作って月曜日にチームへ配布する。会計士が自分の顧客管理用ダッシュボードを自ら作って使う。不動産仲介業者が物件管理アプリを作って同僚に共有する。フィットネストレーナーが会員管理とトレーニングプログラム管理アプリを自分で作る。これらは仮想のシナリオではない。今実際に起きていることだ。

ここで注目すべきはこの人たちの動機だ。彼らは技術への好奇心からアプリを作っているのではない。自分の業務で感じる具体的な不便さを解決するために作っているのだ。既存のサービスでは満たされなかったニーズがありそれを直接解決できるツールが登場したから当然のように作っている。

この微妙な違いが重要だ。バイブコーディングが単なる技術トレンドではなく実際の業務方法の転換であることを意味するからだ。

重要なのはこれらが単なるトイプロジェクトではないという点だ。Claude Code、Cursorといったエージェンティックコーディングアシスタントのレベルが上がり非開発者が作るサービスの品質が使えるレベルを超えて十分に良いレベルに達している。デザインはきれいで基本的なCRUD機能は完璧に動き決済連携や認証といった複雑に見える機能もAIの案内に従えば実装できる。

1年前ならAIで作ったアプリといえば粗雑なUIに機能もまともに動かないデモレベルだった。今は違う。エージェンティックコーディングアシスタントの進化の速度があまりに速く半年前の限界が今日の基本機能になってしまった。

この速度がどこまで続くかは分からない。しかし方向性は明確だ。非開発者が作るアプリの品質は上がり続けておりプロの開発チームとの差は急速に縮まっている。

もちろんまだ限界はある。複雑なビジネスロジックや大規模トラフィック処理のような領域はプロの開発者でなければ難しい。しかし世の中の大部分のソフトウェアはそこまで複雑ではない。ほとんどのアプリはデータを入力して保存して参照して修正するCRUDに少しのビジネスロジックを乗せたものだ。そしてまさにこの領域でエージェンティックコーディングアシスタントの能力はすでに十分だ。

ここで一つの疑問が浮かぶ。非開発者が自分に必要なサービスを自ら作れるようになったら既存のそのサービスを提供していた企業はどうなるのか。

汎用サービスという妥協

少し立ち止まって考えてみよう。我々がなぜ企業の作ったアプリやWebサービスを使っているのか。

ほとんどの場合答えは単純だ。自分で作れないからだ。Todoアプリが必要ならTodoistをダウンロードしノートが必要ならNotionを使いプロジェクト管理が必要ならJiraを使う。これらのサービスが自分にぴったり合っているからではない。自分が望むものを自分で作れないから最も近いものを選んで使っているのだ。

正直に考えれば誰もがこんな経験がある。アプリを使いながら「この機能はなぜこうなっているんだ?」「これは自分が望む方法じゃない」「この機能は要らないしあの機能があればいいのに」と不満を持ったこと。しかし選択肢がなかった。開発を学ぶか開発者を雇わない限り既存のサービスをそのまま受け入れるしかなかった。

その上我々はアプリのエコシステムで絶え間なく選択を強いられてきた。似たような機能のアプリが何十個もありその中からどれが自分に合うか直接ダウンロードして試して比較して結局最も不満の少ないものに落ち着くプロセス。

これは本質的に自分に合うものを探すプロセスではなく自分に最も合わないわけではないものを探すプロセスだった。

これが今までソフトウェア産業が回ってきた方式だ。企業は平均的なユーザーを想定してサービスを作る。50万人が使うTodoアプリは50万人の誰にも完璧にはフィットしない。しかし50万人全員にそこそこ合うから存在できる。汎用性という妥協。これが従来のソフトウェアビジネスの本質だ。

サービスのスケールが大きくなるほどこの妥協は深まる。50万ユーザーを満足させるには機能はより汎用的にインターフェースはより平均的にならなければならない。パワーユーザー向けの機能は初心者を混乱させ初心者向けのシンプルさはパワーユーザーをもどかしくさせる。企業はこの両極端の間で絶えず綱引きをする。そして結局誰にも完全に満足のいかない製品が出来上がる。

ところがその前提が崩れつつある。

自分のアプリは自分で作る

ユーザーが自分に合ったサービスを直接作れるようになるとどうなるか。

例を挙げよう。フリーランスの翻訳者がいる。この人の業務フローは独特だ。クライアントに見積もりを送り翻訳プロジェクトを管理し用語集を維持しインボイスを発行する一連のプロセスがある。市販のプロジェクト管理ツールを試すことはできる。Notionを使うこともTrelloを使うこともできる。しかしこれらのツールは翻訳者のワークフローに合わせて設計されていない。用語集機能は別管理が必要で見積書のフォーマットには別のツールが要りインボイスはまた別のサービスを使わなければならない。結局複数のツールを行き来しながら非効率を我慢する。

この翻訳者がエージェンティックコーディングアシスタントにこう言う。「翻訳業務を管理できるアプリを作って。顧客管理、見積書発行、プロジェクト進捗追跡、用語集管理、インボイス発行まで一つに統合されたもの。」AIはこの要件を聞いて翻訳者にぴったりのアプリを作ってくれる。

デザインが少し粗いかもしれない。一部の機能が完璧ではないかもしれない。しかしこれはこの翻訳者のワークフローに正確にフィットしたツールだ。NotionとTrelloとインボイスサービスを行き来しながら苦労するよりはるかに効率的だ。

このシナリオをあらゆる職種に当てはめてみてほしい。

弁護士が自分の事件管理システムを自ら作る。小規模カフェのオーナーが自店に合った在庫管理アプリを作る。YouTuberがコンテンツ企画とスケジュール管理のためのダッシュボードを作る。塾の経営者が生徒管理と授業スケジューリングシステムを自ら構築する。それぞれが自分の業務に最適化されたソフトウェアを持つようになるのだ。

さらに重要なのはこのカスタムアプリは一度作って終わりではないという点だ。使っていて不便な点が見つかればAIに「この部分をこう変えて」と言えばいい。既存のサービスでは機能リクエストを送って開発チームが対応してくれるまで何ヶ月も待たなければならなかったことが即座に解決される。ユーザーが自分のサービスのロードマップを自ら決定するのだ。どの機能を入れるかどの順序で改善するかすべての意思決定がユーザー自身の手にある。

50万人が使う汎用Todoアプリと自分だけのために作られたカスタムTodoアプリ。どちらも無料ならどちらを使うか。答えは明白だ。

汎用サービスの存在理由だった自分で作れないからが消える瞬間そのサービスの価値は急激に下がる。これが既存のソフトウェア企業が直面している根本的な危機だ。

既存企業のジレンマ

この変化がすべてのソフトウェア企業に同じ影響を与えるわけではない。しかし相当数の企業が深刻なジレンマに陥るだろう。

最初に打撃を受けるのは単純なCRUDベースのユーティリティアプリと生産性ツールだ。Todoアプリ、メモアプリ、習慣トラッカー、家計簿アプリ、スケジュール管理アプリ。これらのアプリの中核機能はデータを作成し読み取り更新し削除すること。まさにエージェンティックコーディングアシスタントが最も得意とする領域だ。

こうしたアプリを運営する企業のビジネスモデルを考えてみよう。ほとんどはフリーミアム(freemium)モデルだ。基本機能は無料で提供し高度な機能に月額のサブスクリプション料金を取る。あるいは無料ユーザーに広告を表示して広告収入を得る。

しかしユーザーが自分だけのアプリを自ら作れるようになるとこのビジネスモデルの根幹が揺らぐ。なぜ月500円を払って他人の作ったTodoアプリを使わなければならないのか。自分が欲しい機能だけを入れて直接作ればいいのに。なぜ広告を我慢しながら無料アプリを使わなければならないのか。広告のない自分のアプリを作ればいいのに。

これは単に一つ二つのアプリの問題ではない。ソフトウェア産業の構造的な問題だ。

これまでソフトウェア企業の競争戦略は大きく二つだった。より多くの機能をより安く提供するかより良いユーザー体験を提供するか。しかしユーザーが自分にぴったり合ったサービスを直接作れるようになるとこの二つの戦略はどちらも意味を失う。より多くの機能?ユーザーは自分に必要な機能だけを欲しがる。より良いUX?ユーザー自身が最も楽な方法で直接設計する。

ここでもう一つ不都合な真実がある。既存のソフトウェア企業の機能追加はしばしばユーザーのためではなくビジネスのためだった。サブスクリプションモデルを正当化するために機能を人為的に分割し無料版でコア機能を制限しアップセルのためのプレミアム機能を作り出すこと。

ユーザーの立場からすれば必要な機能一つを使うために使いもしない機能が大量に含まれた「プロプラン」に加入しなければならない経験を何度もしてきたはずだ。自分のアプリを直接作ればこうした人為的な制限がなくなる。必要な機能だけ入れれば終わりだ。

もちろんこの変化が一夜にして起こるわけではない。すべてのユーザーがすぐにAIで自分のアプリを作るわけではない。しかし方向性は明確だ。そして方向性が明確になった瞬間企業はすでに準備を始めなければならない。

これは技術の変化ではなく権力の移動だ。ソフトウェアを作る権力が企業から個人に移るのだ。過去には企業が何を使うかを決めていた。ユーザーは企業が用意したメニューの中から選ぶしかなかった。未来にはユーザーが何を作るかを自ら決定する。この権力移動の意味を過小評価してはならない。

広告モデルの危機

ここでもう一つ掘り下げるべき話がある。広告モデルだ。

現在のインターネット経済のかなりの部分は広告で回っている。Google、Meta、数多くの無料アプリやサービス。これらのビジネスモデルは本質的に同じだ。ユーザーに無料サービスを提供しそのユーザーの注目(attention)を広告主に売ること。ユーザーのデータを収集して精緻なターゲティング広告を配信すること。これが過去20年間インターネット経済を支配してきたモデルだ。

しかしユーザーが自分で作ったアプリには広告がない。当然だ。自分の必要に応じて作ったアプリになぜ広告を入れるのか。データ収集もない。自分のデータは自分のアプリに自分のサーバー(または自分のクラウド)に保存される。第三者に渡る理由がない。

これが何を意味するか考えてみてほしい。

ユーザーが汎用の無料アプリの代わりに自分だけのカスタムアプリを使い始めると広告を表示する接点そのものが減る。企業がユーザーの行動データを収集できるチャネルが狭まる。広告ベースのビジネスモデルの根幹である大規模ユーザープールへのアクセスが弱まるのだ。

もちろんGoogle検索やYouTubeのような巨大プラットフォームが一夜にして消えるわけではない。しかし中小規模のアプリやサービスでは広告ベースのモデルはますます厳しくなるだろう。ユーザーが無料アプリ+広告の代わりに自作アプリ+広告なしを選べるようになる瞬間広告モデルの魅力は急落する。

データ収集モデルも同様だ。これまで多くのサービスが無料で使ってください、その代わりデータをくださいという暗黙の取引の上に成り立ってきた。ユーザーの大半はこの取引を認識していなかったか認識していても代替手段がないから受け入れていた。しかし今は代替手段がある。自分のデータを渡さなくても済む自分だけのサービスを作れるようになったのだ。

これは単に広告業界の問題ではない。広告とデータ収集に基づくインターネット経済の構造そのものが挑戦を受けるという話だ。

もう一歩踏み込んで考えてみよう。広告モデルが弱まれば無料サービスという概念そのものが揺らぐ。これまで我々が享受してきた数多くの無料サービスは実は無料ではなかった。我々の関心とデータで対価を支払っていただけだ。

ユーザーが自分のアプリを直接作ればこの暗黙の取引から抜け出すことになる。そこには広告もなくトラッキングもなくプッシュ通知で戻ってこいと煩わされることもない。純粋に自分の目的のためだけに存在するソフトウェア。もしかしたらこれがソフトウェア本来の姿なのかもしれない。

モジュール経済の到来

では既存のソフトウェア企業はどの方向に転換すべきか。敢えて予測するならその答えはモジュール経済にあると私は考えている。これは私個人の推測だ。しかしそれなりの根拠がある推測だ。

これまでのソフトウェア企業は完成品を売ってきた。企画してデザインして開発してテストして完成したアプリやWebサービスをユーザーに提供してきた。ユーザーはその完成品をそのまま使った。

未来のソフトウェア企業は部品を売るようになるだろう。決済機能、認証機能、地図機能、チャット機能、配送追跡機能、予約機能、決済精算機能。こうした機能を独立したモジュールの形で提供しユーザー(またはユーザーのAI)がそれらを組み立てて自分だけのサービスを作る構造。

実はこのモデルの先駆者はすでに存在する。そして彼らはソフトウェア産業で最も高い評価を受けている企業でもある。

Stripeは決済機能をAPIで提供している。Stripeが自前のネットショップや決済アプリを作ってユーザーに提供しているわけではない。決済が必要なら我々のAPIを使ってくださいというモデルだ。Twilioはメッセージ、音声通話、ビデオ通話の機能をAPIで提供している。Auth0は認証機能を提供している。Mapboxは地図機能を提供している。Algoliaは検索機能を提供している。

これらの企業の共通点は何か。自前のクライアントサービスを作っていないということだ。代わりに特定の機能を最高水準で実装し他のサービスにプラグインできる形で提供している。彼らが売っているのはアプリではなく機能だ。

私はこれがソフトウェア産業の未来になり得ると考えている。もちろんこれは私の予測だ。すべてのソフトウェア企業がこの形に転換するという極端な主張まではしない。しかし相当数の企業が完成品の販売から機能の提供へとビジネスモデルを再定義しなければならない時が来るのではないかと思う。

この転換の核心は何を売るかではなく誰に売るかの変化だ。Stripeの顧客はエンドユーザーではなく開発者だ。開発者がStripeを選べば数百万のエンドユーザーが自然とStripeを通じて決済するようになる。未来にはこの構造がもう一段階拡張される。顧客が開発者ではなくAIエージェントになるのだ。AIが決済機能が必要だと判断すれば最適なモジュールを自動的に選択し連携する。企業のマーケティング対象が人間からAIに変わるのだ。奇妙に聞こえるがこれが現実になり得る。

考えてみてほしい。エージェンティックコーディングアシスタントに「決済機能付きのネットショップを作って」と言えばAIはStripe APIを連携したショップを作ってくれる。「リアルタイムチャット機能を入れて」と言えば既存のチャットSDKを組み込んでくれる。「地図に店舗の位置を表示して」と言えば地図APIを連携してくれる。AIがすべてをゼロから実装するのではなくすでによく作られた機能モジュールを組み立てるのだ。

この構造で価値があるのは何か。完成したアプリではなくそのアプリを構成する個々の機能モジュールだ。

決済を安全かつ便利に処理する機能。数百万人が同時接続しても耐えるリアルタイム通信機能。正確で高速な地図レンダリング機能。こうしたものは非開発者がAIで直接作るのは難しい。深い専門性とインフラと規模の経済が必要だからだ。

ここで核心的な逆転が起きる。過去には企業がユーザーに我々のアプリを使ってくださいと言った。未来には企業がユーザー(のAI)に我々の機能を使ってくださいと言うようになる。ユーザーとの関係がB2CからB2B2C、より正確にはB2AI2Cに変わるのだ。

ブロック組み立て型サービスエコシステム

モジュール経済が本格化するとソフトウェアを作る方法そのものが根本的に変わる。

現在は一つのサービスを作ろうとすれば最初から最後まで自前で実装するか一つのプラットフォームの上でそのプラットフォームが提供する枠組みの中で作らなければならない。しかしモジュール経済ではレゴブロックを組み立てるようにサービスを作ることになる。

決済ブロックはStripeから、認証ブロックはAuth0から、地図ブロックはMapboxから、検索ブロックはAlgoliaから持ってくる。そこに自分のビジネスロジックを加えれば一つの完成されたサービスになる。この組み立てプロセスは人が直接やることもAIがやることもできる。

こうしたエコシステムでは新しい形のマーケットプレイスが登場するだろう。App Storeが完成されたアプリを取引するマーケットプレイスだったとすれば未来のマーケットプレイスは機能モジュールを取引する場になり得る。企業であれ個人開発者であれ特定の機能をモジュールにして公開すれば他のユーザーがそれを自分のサービスに組み込んで使う構造。

npmやPyPIのようなパッケージマネージャーを思い浮かべれば理解しやすい。今は開発者だけがこのエコシステムを利用している。しかしエージェンティックコーディングアシスタントが間に入って通訳の役割を果たせば非開発者もこのエコシステムを活用できるようになる。

「自分のアプリに決済機能を入れて」とAIに言えばAIが適切な決済モジュールを見つけて連携してくれるのだ。

ここでもう一つ興味深い問いが生まれる。こうしたエコシステムで最も価値のあるモジュールは何か。

二つのタイプがあると考えている。一つ目はインフラレベルの複雑性を持つ機能だ。決済、認証、リアルタイム通信、メディア処理、検索エンジン。これらをきちんと実装するには膨大な専門性とインフラが必要だ。非開発者がAIに「決済システムをゼロから作って」と言ったところで金融規制、PCI DSSコンプライアンス、不正検知、多通貨処理のような問題は解決できない。こうした機能は専門企業がモジュールとして提供するのが圧倒的に合理的だ。

二つ目はドメイン特化型の機能だ。医療分野の電子処方箋システム、物流分野の配送ルート最適化エンジン、金融分野のリスク評価モデル、教育分野の学習進捗追跡システム。特定産業の深いドメイン知識と規制遵守が必要な機能だ。これも非開発者がAIだけで実装するのは難しい。しかし専門企業がよく作られたモジュールとして提供すれば非開発者でも自分のサービスに統合できる。

結局未来のソフトウェア企業はこの二つのタイプのいずれかで深い専門性を備えそれをモジュールとして提供する方向に進化していく必要がある。

もう一つ考えておくべきことがある。モジュールの品質がこれまでとは異なる次元で評価されるようになるという点だ。これまでソフトウェアの品質は主に機能の完成度とUIの洗練さで評価されてきた。しかしモジュール経済では異なる基準が重要になる。APIの設計が直感的か。ドキュメントがしっかりしているか。エラーメッセージがAIにも理解できるほど明確か。他のモジュールとの互換性は良いか。バージョンアップ時に下位互換性を維持しているか。こうした要素がモジュールの競争力を決めるようになる。

これはソフトウェア企業の能力構造そのものを変える。過去にはフロントエンドデザイナーやUXスペシャリストがコア人材だったとすればモジュール企業ではAPI設計者、ドキュメントライター、DX(Developer Experience)スペシャリストがコア人材になる。

そして今後はDXではなくAX(AI Experience)、つまりAIが使いやすい体験を設計する能力が重要になるかもしれない。

残るものと消えるもの

すべてのソフトウェアサービスがモジュールに置き換わるわけではない。この変化の中で生き残るものと危険にさらされるものを区別する必要がある。

生き残るもの。

第一にネットワーク効果が核心のサービス。カカオトーク、Instagram、YouTube、LinkedInのようなソーシャルネットワークやメッセンジャー。これらのサービスの価値は機能にあるのではなく他の人がそこにいることにある。どんなに優れたメッセンジャーを自分で作っても友人がそれを使わなければ意味がない。ネットワーク効果は個人が複製できない参入障壁だ。

第二に大規模データが価値の源泉であるサービス。Google検索、Googleマップ、Spotify、Netflix。これらの価値は数十億のWebページをインデックスしたデータ、世界中の道路と場所の情報、数千万曲の音源ライセンス、数万本の映像コンテンツにある。こうしたデータ資産は個人が複製できない。

第三にクラウドインフラ。AWS、Azure、GCPのようなクラウドプラットフォーム。ユーザーが自分でアプリを作ったとしてもそのアプリはどこかにホスティングされなければならない。サーバーインフラはむしろ需要が増加する可能性がある。全員が自分のアプリを作ればホスティングすべきアプリの総量が爆発的に増えるからだ。

第四にAIプラットフォームそのもの。OpenAI、Anthropic、GoogleのようなAIモデルプロバイダー。エージェンティックコーディングアシスタントのコアエンジンを提供するこれらはモジュール経済のインフラの上のインフラだ。すべてのユーザーがAIを通じてサービスを作るほどAIプラットフォームの価値は上がる。彼らはこのパラダイム転換の最大の受益者だ。

危険にさらされるもの。

第一に単純なCRUDアプリ。Todoアプリ、メモアプリ、習慣トラッカー、家計簿、日記アプリ。これらのアプリの中核機能はAIが容易に複製できる。ユーザーが自分に合ったバージョンを直接作れるようになれば汎用アプリを使う理由が減る。App StoreでTodoアプリと検索すれば数千件がヒットする現状自体がすでにこの市場が過飽和状態であることの証拠だ。ここに無限カスタマイズという選択肢まで加われば既存のTodoアプリ企業の生存は極めて困難になる。

第二に中小規模のSaaS。特定のニッチ市場を狙ったSaaSの中で差別化要素が便利なインターフェースやオールインワン機能であるサービス。こうしたサービスのバリュープロポジションはエージェンティックコーディングアシスタントが代替できる。

第三に広告ベースの無料アプリ。先に述べた通りユーザーが広告のない自分のアプリを作れるようになれば広告を我慢しながら無料アプリを使うインセンティブがなくなる。

第四に単純なラッパーサービス。既存のAPIの上にきれいなインターフェースをかぶせただけのサービス。AIがインターフェースを作れるのでこうした中間レイヤーの価値は下がる。実際にすでに多くのラッパーサービスがAIの登場で打撃を受けている。AI APIの上に薄いUIをかぶせて月額サブスクリプション料金を取っていたサービスがユーザーが直接APIを呼び出せるようになることで存在理由を失いつつあるのが典型的な例だ。

要点を整理するとこうだ。代替不可能な資産を持つサービスは生き残り機能がすべてであるサービスは危険にさらされる。ネットワーク効果、大規模データ、深い専門性、物理的インフラ。これらはAIが複製できない。しかしコードで作られた機能はAIが複製できる。

企業の生存戦略

この変化を認識した企業が取るべき戦略は何か。

第一にサービス提供者から機能提供者への転換。自社のアプリやWebサービスを通じてエンドユーザーに直接サービスを提供するモデルからコア機能をAPI、SDK、モジュールの形で提供するモデルへの転換。自社が持つ最も深い専門性が何かを把握しそれを独立して使用可能なモジュールとして分離する作業が必要だ。

第二にAIエージェントフレンドリーなインターフェース設計。未来のユーザーは人間ではなくAIエージェントかもしれない。AIがモジュールを検索し評価し連携するプロセスを自動で実行できるようにAPIを設計しなければならない。ドキュメントがよく整理されエラーメッセージが明確でテスト環境が提供されていること。こうした要素がAIエージェントが機能を選択する際の判断基準になるだろう。

第三に代替不可能な資産の構築。コードで作られた機能は複製され得る。しかし長年にわたり蓄積されたデータ、業界規制へのコンプライアンス、信頼性のトラックレコード、パートナーネットワークといったものは簡単には複製できない。企業はこうした代替不可能な資産を意識的に構築していかなければならない。

第四にドメイン専門性のモジュール化。特定の産業に対する深い理解を持つ企業であればその理解をコードでモジュール化することが強力な戦略になる。医療規制を完璧に遵守する患者データ管理モジュール、金融規制を満たす取引処理エンジン、物流最適化アルゴリズムを搭載した配送管理SDK。ドメイン知識と技術の組み合わせが最も防御力の高い堀になる。

第五にエコシステム戦略。独占的なプラットフォームを作ろうとするよりも開かれたエコシステムで最高のパーツになる戦略。多くの企業が我々のプラットフォームの上ですべてを行ってくださいというオールインワン戦略を追求してきた。しかしユーザーが自分のサービスを直接組み立てる時代には特定の機能で最高になりどんな組み合わせにもうまくはまるパーツになることの方が有利だ。Stripeが決済でそうしたポジションを獲得したように。

これらの戦略に共通して貫く原則が一つある。作ってあげることから作るのを手伝うことへの転換だ。過去には企業がユーザーの代わりにサービスを作ってあげた。これからはユーザーが自分で作ることを手助けする役割に変わる。完成品ではなく材料を提供しレシピではなく食材を売るのだ。この視点の転換がもしかしたら最も難しい部分かもしれない。20年間我々が最高のアプリを作って提供するというマインドセットで運営してきた企業にとって我々は部品サプライヤーになると宣言することはプライドの問題でもあるからだ。

しかし市場の方向に逆らうプライドは贅沢だ。

この変化はすでに始まっている

これは遠い未来の話に聞こえるかもしれない。しかし変化はすでに始まっている。

APIエコノミー(API Economy)という概念はすでに数年前から存在していた。Stripe、Twilio、Auth0、SendGrid、Cloudinary、Algolia。これらの企業はすでに機能を売るビジネスモデルで成功を収めている。彼らは未来から来たのではなく現在の市場で検証されたモデルだ。

変わるのはこのモデルの適用範囲だ。過去には機能モジュールの消費者は開発者と企業だった。APIを連携しSDKを統合するには技術的な能力が必要だったからだ。しかしエージェンティックコーディングアシスタントがこの技術的障壁を下げることで機能モジュールの潜在的消費者がすべての人に拡大する。

マーケターがAIに「メールマーケティング自動化ツールを作って。SendGridでメール送信してStripeで決済を受けるようにして」と言えるようになる。小規模事業者が「うちの店の予約システムを作って。LINEで通知を送って決済もできるようにして」と言えるようになる。

AIが適切なモジュールを組み合わせてサービスを作ってくれるのだ。

これはAPIエコノミーの拡張であり民主化だ。開発者だけがアクセスできていたモジュールエコシステムがAIを通じてすべての人に開かれるのだ。

そしてこの民主化はフィードバックループを生み出す。モジュールの消費者が増えればモジュールを作る供給者も増える。より多くの機能モジュールが登場すればAIが組み立てられるサービスの種類も多様化する。サービスの種類が多様化すればより多くのユーザーが自分にも作れるかも?と思うようになる。この好循環が始まればモジュール経済は加速する。

反論について

ここまで読んだ人の中には次のように反論する人もいるだろう。

「ユーザーの大半は面倒くさがって自分では作らない。既存のアプリをダウンロードして使う方が楽だ。」

正しい。今は確かにそうだ。

しかしこれはエージェンティックコーディングアシスタントのUXがまだ十分にシンプルではないからだ。アプリを作るにはプロンプトをあれこれ考えなければならず結果を確認して修正を依頼してデプロイのプロセスを経なければならない。App Storeでダウンロードボタンを一つ押すよりずっと面倒だ。

しかしこの摩擦は着実に減っている。「家計簿アプリを作って」と言えば30秒でスマホにインストールされる日が来たらどうだろう。App Storeで家計簿を検索して10個の中から選んでダウンロードしてアカウントを作ってセットアップする時間より速ければ?その瞬間が来れば面倒だからという反論は成立しなくなる。

「既存のサービスには長年蓄積されたノウハウとデータがある。」

これも部分的には正しい。しかしそのノウハウがユーザーにどれだけの価値を与えているかは改めて問い直す必要がある。多くの場合サービスのノウハウとはどうすればユーザーをより長く引き留められるかどうすれば有料転換率を上げられるかに関するノウハウであってどうすればユーザーの問題をよりよく解決できるかに関するノウハウではないことが多い。ユーザーが自分で作るアプリにはダークパターンもなく人為的な制限もなく純粋に自分の問題解決にだけ集中できる。

こうした反論が完全に間違っているわけではない。しかしこれらは変化の方向そのものを否定するものではなく変化の速度に関する議論にすぎない。そして技術発展の歴史において速度を過小評価する側がほぼ常に負けてきた。

ソフトウェア産業のパラダイム転換

全体像を描いてみよう。

この20年間ソフトウェア産業は完成されたサービスをエンドユーザーに直接提供するモデルで回ってきた。App Storeにアプリを公開しWebサイトをオープンしユーザーを集め広告やサブスクリプションで収益を上げてきた。このモデルの核心的前提はユーザーは作れないから我々が代わりに作ってあげるだった。

エージェンティックコーディングアシスタントがこの前提を崩しつつある。ユーザーが自分で作れるようになれば代わりに作ってあげるビジネスモデルの価値は減少する。私が見ている未来は完成品を売るのではなく部品を売る方が合理的な世界だ。

これは製造業ですでに起きたことと似ている。かつて家具を買おうとすれば家具店で完成品を買った。そこにIKEAが現れ部品を売り始めた。消費者が自分で組み立てる代わりにより安くて自分の好みに合った組み合わせを作れるようにした。3Dプリンターが普及して今では設計ファイルさえあれば部品自体を自分で作ることもできるようになった。

ソフトウェア産業も似た軌道を辿っている。完成品の時代から半製品(モジュール)の時代へ、そして究極的にはユーザーがAIと共にすべてをゼロから作る時代へ。もちろん最終段階に至るには時間がかかるだろう。しかし中間段階であるモジュール経済への転換はすでに目の前に来ている。

この転換がもたらすポジティブな面もある。すべての人が自分に合ったソフトウェアを持てるということはソフトウェアの民主化が完成することを意味する。これまでソフトウェアは作る人と使う人が分離されていた。その分離がなくなる。すべてのユーザーが開発者になるわけではないがすべてのユーザーが自分のソフトウェアの主人になるのだ。企業が決めた機能やインターフェースに合わせて生きるのではなく自分の生活と業務に合ったソフトウェアを自ら定義するのだ。

これはPC革命以来最大のコンピューティングパラダイムの転換かもしれない。PCがコンピュータを使う行為を大衆化したのならエージェンティックコーディングアシスタントはコンピュータに指示する行為を大衆化するのだ。

前回の記事で私はこう書いた。「開発者に問いたい。あなたの価値はコードを書く行為にあるのか、それともそのコードで解決する問題にあるのか。」今回はソフトウェア企業に同じ問いを投げかける。

あなたの企業の価値はアプリを作って配布する行為にあるのかそれともそのアプリに込められたコア機能と専門性にあるのか。

アプリは誰でも作れる時代がやってくる。しかしそのアプリの中に入る決済システム、認証体系、ドメイン特化ロジックは誰にでも作れるわけではない。それを作れる企業がモジュール経済の勝者となるだろうと私は見ている。

開発者の時代が変わったように企業の時代も変わりつつある。私はクライアントサービスを作って売る時代が暮れコア機能をモジュールとして提供する時代が来ると予測する。

前回の記事で開発者に問うたように今回も同じ構造の問いを投げかける。あなたの企業はアプリを作る企業なのか問題を解決する企業なのか。アプリはツールに過ぎない。ツールは代替され得る。しかし深い専門性と信頼は代替されない。

この転換を認識し準備する企業だけが次の時代で生き残るだろう。そして率直に言えばこの転換はほとんどの企業が思っているよりもずっと早くやってくるだろう。

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